
書きそびれてしまうので、恐縮ですが過ぎた日の物語を…。
はじまりは去年の冬まで戻ります。
直島に素晴らしい作品をつくったジェームズ・タレルさんに、1枚のクリスマスカードを選びました。
深い青に、銀の雪がデザインされたカードに、つたない思いをしたため、路地にあるポストに投函しました。
数週間して。外国の消印のついた封筒が届き、もしや!と、わくわくしながら手にとってみると…。
そこには「転送先不明との理由で返送されてきました。成田国際空港支店」とのスタンプ。
1枚のカードは海を渡り、砂漠のちかくで途方にくれて、また直島に戻ってきたのです。
タレルさんの作品に関するスライドから書き移した住所は、よくよく見てみると、人口数万人のアメリカの都市の名前だけ。
お気楽なわたしも、ここではじめて、アメリカと成田の郵便屋さんとハモってつぶやきました。
「あほやなぁ~。」
いつかまた直島に来られることがあったら、お話しできるかな。
そんな風に考えてカードをしまいました。
そのカードが引き出しの中で眠ってから1ヶ月。想像したよりもずっと早く、その日はやってきました。
家プロジェクト「南寺」の作品「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」の修復作業のために、ジェームズ・タレルさんが直島を訪れたのです。
何ともありがたいことに、ある晩まるやは、タレルさんと美術館のスタッフの方に交流会の場としてご利用いただきました。
多忙なスケジュールの中のわずかな時間とは思わせないほど、彼は本当に丁寧に、スタッフに語りかけます。
「作品を感じ、守り、伝えてくれてありがとう…」と。
日々の業務で、時にはなやむこともあるだろうスタッフの方には、どんなに温かく照らす光となったことでしょう!
そして、この言葉は、作品を愛し、敬意をはらってくださるお客さまへのものでもあり、みなさまに必ず伝えなければと思った次第です。
優しくて、あたたかなタレルさんを囲んでのなごやかな夕べ。しあわせが部屋にあふれている…。
あぁ何という時間だろうと、目を閉じて見渡すこの星のどこかで、いま抱き上げられたばかりの赤ちゃんを思いました。
そんな宴も無事終わり、ほっとするもつかの間。
なんと翌日にもうひとつ、ミラクルは投げられてきた!
修復を完了した「南寺」のお披露目の日。
タレルさんと福武会長はプレス・ツアーで、新聞や雑誌の記者とともに作品を鑑賞。
そのあと、お茶をしに寄ってくださった流れでなんと当店が記者会見場に!
椅子をよせてタレルさんと会長の席がつくられ、お座敷に座った記者のかたが質問を投げかけます。
タレルさんは心をこめて直島への思いを語り、その中で、なんとまるやに関しても、コミュニティの発展例として、信じられないほど愛情にあふれたコメントをくださいました。
わたしはただキッチンで立ったまま、いまこの時を見つめていました。
会見が終わったのち…タレルさんに近づき、何かを言おうと思ったけれど、まるで出来なかった!
タレルさんは微笑んで「元気?」「はい、元気です。」なんてわたしは、まぬけだなぁと思う。
でも言葉にしたら、何かがきえてしまうような気さえしたんだ!
前の晩、マフラーをなくされたというタレルさんに、ありましたかと尋ねると、首に巻いたそれを示して、ここにあるよと笑いました。
そして大きな大きな、ハグをしてくださいました。
冒頭のカードは、何とも不器用で幸福な方法で、タレルさんの手元にわたりました。
直島から金沢、そして新潟へと、自作によって結ばれた、日本をめぐる道へと旅立ったタレルさん。
その向かう先々で、大事な友人との再会があり、また作品のもとで暮らす方たちとの出会いがあったことでしょう。
そして―直島でこそ降らなかったけれど、北に向かう旅の途上で、舞い降りてくる光の最初のひとひらを認めたとき、
そのひとは、心から嬉しそうに目を細めるに違いないんだ!